拳闘士の休息

拳闘士の休息 拳闘士の休息

Thom Jones



新潮社 1996-12

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今更紹介するには、随分と古い本だけど、篦棒に面白い。読み返してみたけど、やっぱり、めちゃめちゃパワフルな小説だった。



きっかけ、やっぱり村上春樹のエッセイなんだけど、その生い立ちからして、明らかに堅気じゃない。以下、村上春樹が彼から聞いた話。



ベトナム戦争にずいぶん深くコミットしていたんだが(そのコミットについて彼は多くを語らなかった)、事情があって戦争そのものには行かなかった。それでちょっと頭がいかれちまって(ボム!)、フランスに行ってしばらく好きなことしてごろごろしていたんだ。でもいつまでもそんなことしてられないから、しょうがなくてアメリカに戻ってきて、広告代理店に入った。四十くらいまでそこで働いたんだが、俺はなにしろコピーライターとして腕がよくって、ばんばんカネが入ってきた。いやになるくらいもうかった。その頃にはジャガーに乗っていた。ジャガーだぜ。知っているか、ジャガー?知っているよな。いい車だ。でも仕事そのものはつまらなくてさ、会社を辞めて、今度は学校の用務員になった。そいでもって用務員を五年やってな、その間にばんばん本を読んだ。そしてこれくらいなら俺にも書けるぞ、と思った。用務員の仕事も結構しんどいから、そろそろ広告業界に仕事に復帰しようかと思ったんだが、入れてくれないんだ。広告代理店を辞めて学校の用務員になるようなやつはアタマに問題があるってさ、戻らせてくれないわけよ。それでしょうがないからせっせと小説を書いて雑誌に送ったら、『ニューヨーカー』が採用してくれたんだ。それでこのとおり作家になった。しょぱなから『ニューヨーカー』だぜ。うん、ぶっとんじゃうよな。」



 というようなエキセントリックで豪快な話を、僕はただぽかんと口を開けて聞いていたわけだ。そのときには海兵隊時代とプロボクサー時代の話は出なかった。持病のてんかんの話も出なかった。あまりにも話すべきエピソードが多いので、そのへんは、適当にはしょったのだろう。あるいは初対面の人間を相手にそこまでは話したくなかったかもしれない。でも短縮版でもじゅうぶんに強烈な代物だった。かなり狂気を含んだ話ではあるのだが、彼自身は―僕の目からみればだが―百パーセント正気だった。



『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』 私は・・・・・・天才だぜ p313〜314


月曜日は最悪だとみんなは言うけれど (村上春樹翻訳ライブラリー) 月曜日は最悪だとみんなは言うけれど (村上春樹翻訳ライブラリー)

村上 春樹



中央公論新社 2006-03

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まあ、ぶっとんだ人生だ。こういう人の小説が面白くない訳がない。(付け加えると、この人はアル中だった事もある。)で、当時(7〜8年前だったかな。。。)から既に絶版だった唯一邦訳されている『拳闘士の休息』を入手し読んだけど、期待に違わず面白くで一日で読んでしまった。



ちょっと話は逸れるけど、村上春樹のエッセイでしらなかったら、まず読んでない作家だ。現代アメリカ文学の紹介という意味では、殆ど村上春樹柴田元幸に頼りっぱなしな訳だけど、海外文学の場合、日本での解説者というか伝道者の役割は驚く程大きい。村上春樹は自身がレイモンド・カーヴァーティム・オブライエンの翻訳者であると同時に、アメリカ文学の熱心なファンとして、ことあるごとに熱弁をふるってきた。昔に比べると、かなりマイナーな作家でも、邦訳されたりしている。海外文学の伝道者として村上春樹の存在は、その小説家として世界への影響力に負けず劣らず大きい。僕もかなり影響を受けた。小説はそれ程沢山は読まない方だけど、小説を読む場合でも、海外作品の占める割合は大きい。



トム・ジョーンズの作品は、残念ながら、この『拳闘士の休息』以外邦訳はなくて、それも既に絶版だけど、残りの作品も邦訳されたら是非読みたい。(洋書に手をだしてもいいんだけど、やっぱ英語で小説読むのはしんどい)



肝心の中身だけれど、登場人物達は、皆トム・ジョーンズの様にエキセントリックで、かつ正常な社会からみれば、落伍者。村上春樹も解説している様に、物語の中で重要なキーとなっているのは暴力だ。暴力によって、自分自身若しくは他人を傷つける事で、なんとか自分の人生に踏みとどまろうとする。落伍者ではあるが、社会への怒りと呼べるようなものは殆ど抱えていない。小説的な救いと呼べるようなものは、基本的に存在せず、現実に踏みとどまる彼らの姿が淡々と描かれている。そこの先に何を想像するかは読者に委ねられている。



ベトナムをモチーフをした短編もいくつかあって、僕の好きなティム・オブラインに通じる部分もあるが、オブライエンの小説の主人公が、現実を受け入れる為にしばし幻想を持ち出すに比べると、ジョーンズの主人公達はかなり潔く過酷な現実を受けいれている様にも見え、ユーモアやエキセントリシティーの陰に隠れているものの自己を規定するルールを明確もっている様にも感じられる。そういった登場人物達に読者としてはある種の憧れを感じてしまう。



Amazonに何冊か中古本があるので、興味がある人は是非読んでみて欲しい。とにもかくにも面白い事だけは保証します。